Сколько это будет стоить?
大戦も昭和18年に入ると、敗戦の色が見えてきた日本軍は制海権を奪われドイツから潜水艦でほそぼそと輸送されていた三式戦闘機飛燕の重要なパーツ、DB601エンジンとマウザー砲(ラインメタル社20mm速射機関砲)が入手できなくなり、川西から納品されてくる首無し飛燕が中島飛行機の敷地に山を連ねることになりました。 そこで当時、開発されたはいいが嫁ぎ先の決まっていないハ112-1エンジンを搭載し、武装は陸軍で余っていた12.7mmと20mmの機関銃を搭載しキー100として就役することとなりました。 しかし運用開始してみると当時最強の戦闘機と言われていた四式戦闘機疾風よりもスペックは高く傑作戦闘機が急造ながら生まれることとなり、日本のインターセプターとして活躍することとなりました