★Freeway★1950年代 ウェッジウッド「麦の穂」(クーペ)。V.スキレーンの人気作。麦の花を模様化したアール・デコで、スッキリ凛とした佳作

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Описание



1950’s Wedgwood “Wheatear”


ウェッジウッド
「麦の穂」


1950年代のヴィクター・スキレーン作

男性デザイナーらしい「アール・デコ」

男女三人で「世界一の窯」の基礎築く

1950年で手描きアーチストからデザイナーへ


★送料は全国無料。クロネコヤマト便でお送りします。
★10点程度を出品中。まだ少数ですがフィギュリンも出品中(アンティーク、コレクション > 工芸品 > 陶芸 > 西洋陶磁 > ロイヤル・ドルトン)
★込み入ったご質問やお問い合わせは次のアドレスへメールしてください。(freeway@deluxe.ocn.ne.jp)


 これはウェッジウッドが1950年代に製作したクーペ・シェイプの「麦の穂」(Wheatear)トリオです。以前から人気のカップでしたが、ここのところeBayなど市場から姿を消しています。随分前にUSAの未使用品取り寄せ先に発注していたらしく、忘れたころに知らせが。ということでごく少数を取り寄せて出品。そしてこれはまたしても出品忘れの1セット。旧価格で。

 戦前から戦後1950年までは手描きアーチストとして獅子奮迅の活躍。1950年辺りから「転写+彩色」の製品のパターンを、女流ミリセント・タプリン、ピータ・ウォールを率いてパターンを大増産した、ウェッジウッドのアート・ディレクター、ヴィクター・スキレーン自身の作。スキレーン作とか関係なく、廃版から骨董へ、長く人気を集めました。

 このトリオは、スキレーンが現代で言う「デザイナー」にとしての作であり、麦の花を大胆にアレンジした彼の「アール・デコ」デザインを強く表しています。製作当時は斬新なものであっただろうが、時を経て時代を経て何やら別の魅力を加えたかの感がある。クラシックの空気感が加わったと言いますか。

 彼は10代で、滅茶多くの手描きウェアを製作しました。美術学校に8年通って「アール・デコ」を学んでいます。当時有名な美術教師2人に学んだ。彼の「特技」、アール・デコとは別に身に付けたのは「シノワズリ」だった。
 戦前戦後、特に30歳の若さでアート・ディレクターとしてウェッジウッドに正式雇用されるまで、彼は例えば一人で「郭公」や「チャイニーズ・フラワー」をフル・ハンドペイントで作っています。
 「郭公」の場合、力強いシノワズリの絵を、バックの色を変え数種類作った。
 明らかに後の「イースタン・フラワー」(Eastern Flowers 1945-65年)の元作である「グループ」(Groupe)は、スキレーン自身の筆になるハンドペイント。「郭公」など彼の作の一部には壺マークではなく、ロゴを少し彫り込んだ特殊なマークがバックスタンプとして使われています。
 「ごく数年の少量生産の製品に付けられた」マークであるとウェッジウッドの古い説明にありますが、出品者が集めたこのマークの少数パターンは明らかにスキレーンの手描き製品だけしかありませんでした。
 1980年代に登場したウィリアムズバーグ・シリーズの「チャイニーズ・フラワー」。この名のパターンは1900年以降見たことがない。このシリーズは数が少ないがウェッジウッド史上活躍したアーチストのデザインを担当デザイナーが「イメージ復刻」したと思われるのに、「チャイニーズ・フラワー」の身元が不明でした。
 スキレーンの手描きトリオを手にし、そのプレートの中央にあるシノワズルの赤い花をパターンのシンボルとして引用したとわかりました。「チャイニーズ・フラワー」は、ブルーで狛犬を手描きした先達、トーマス・アレンに憧れこの道に入った天才スキレーンを顕彰するデザインだった。

 日本画テイストのトーマス・アレンのオリジナル「郭公」をスキレーンがシノワズリで描き、新時代のデザイナーは「柿右衛門」風にこれを伝え、人気を博した。ウェッジウッドの「伝統」は、アーチストを継続して顕彰するココロに支えられている。
 スキレーンは自身の個性をガ~ンと押し出す人ではなく、あくまでもその時代の顧客、特に若い人々の志向に合うようにアレンジするのを旨としたようです。
 1950年、「リー」で作った「チャーンウッド」は、シノワズリをアール・デコ化した名作ですが、シノワズリ+アール・デコを見事に調和させている。個性を主張して成功した同時代のクラリス・クリフらアール・デコの女性作家と違って、Industrial Design的とも言うべきデザイナーであった。
 大げさかもしれませんが「麦の穂」は、シノワズリも伝統もない「スキレーンのアール・デコ」を率直素直に出した絵柄と言えるのではないでしょうか。

 このトリオのサイズは次の通り。
 カップは「クーペ」。スキレーンがデザインしたシェイプ。カップの高さ7cm、口径7.5cm。ソーサーとサイドプレートの直径はそれぞれ、14.5cm、15cm。新品からストックされた未使用品。

Victor Skellern
 ヴィクターG.スキレーン(19091966)は、1934年から1965年までウェッジウッドのアート・ディレクターを務めた英国の陶芸デザイナー兼ステンドグラスプロデューサーでした。
 彼はウェッジウッドの近代化を支援し、彼のデザイン作業は会社の復活の要因でした。
 1935年以降。彼はまた、社外の有名なデザイナーを雇うことでも知られていました。Skellernの陶器のデザインは、ロンドンのグラフトン画廊(1936)と英国のCan Make It展(1946)に展示されました。彼のデザインのいくつかは現在、V&A博物館、イェールブリティッシュアートセンター、応用芸術科学博物館、ウェッジウッド博物館に展示されています。
 彼のデザイン「ストロベリーヒル」は、ミリセント・タプリンとともに、1957年にインダストリアルデザイン評議会のデザインオブザイヤーを受賞しました。

バイオグラフィー
 スキレーンは1909年、スタッフォードシャーのストークオントレントのフェントンで生まれた。 1923年から[4]、ジョン・グッドウィンの監督の下、エトルリア工場でウェッジウッドのデザインに携わり、ゴードン・フォーサイスとパーシー・ロイドの指導を受けたバーズレムとハンリーの美術学校で芸術を学びました。
 彼の会社の初期の設計は1929年に文書化されています。その後、王立芸術大学でエドワード・ボーデンにステンドグラスを学んだ(193034)。彼のステンドグラスに関する情報は限られています。彼は1933年にストークオントレント博物館で一度「ポットランド」パネルを描き、1936年にステンドグラスの窓を展示しました。
 1934年、彼は引退したグッドウィンに代わって、ウェッジウッドのアート・ディレクターとして復帰し、デザインの正式な教育を受けた最初の人物になりました。
 彼は彼のキャリアの残りの間、最初はエトルリアのサイトで、そして1940年から新しいバーラストン工場でその地位に留まりました。
 彼はウェッジウッドの近代化を支援したとされています。これには、ウェッジウッドの制作ディレクターであるノーマン・ウィルソンと協力して新しい釉薬を開発すること、高品質の転写印刷パターンを開発すること、およびそれらの幅広い使用を提唱することが含まれていました。
 彼の設計作業は、1935年以降の会社の復活の理由の1つとして引用されています。彼はまた、キース・マレー、Aボーデン、エリック・ラヴィリオス、レックス・ホイッスラー、ローレンス・ホイッスラーなど、ウェッジウッドによる社外の著名なデザイナーの使用法を考案しました。

 彼は王立芸術大学の準会員であり、工業芸術家協会の会員でした。Skellernは1965年に引退し、翌年に亡くなりました。

ほかにも出品しています。ぜひご覧ください。


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No.108.001.008

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