★Freeway★c1950-1965 スージー・クーパー「タイガーリリー」。クーパーが念願のボーンチャイナに手描きした「完成形」。異例な金彩も。

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c1950-1965 Susie Cooper “Tigerlily”


スージー・クーパー
「タイガーリリー」デュオ(Cup&Saucer)


ボーンチャイナに本人の手描き

ゴールド・エッジ+金彩で飾る

念願のボーンチャイナ工場を買って

貫入を苦にした「アール・デコの女王」

トリオにならず残念至極である


★送料は全国無料。クロネコヤマト便でお送りします。
★常時10点そこそこを出品中。まだ少数ですがフィギュリンも出品(アンティーク、コレクション > 工芸品 > 陶芸 > 西洋陶磁 > ロイヤル・ドルトン)
★込み入ったご質問やお問い合わせは次のアドレスへメールしてください。(freeway@deluxe.ocn.ne.jp)

 
 これは「アール・デコの女王」スージー・クーパーの筆になるハンドペイント、「タイガーリリー」(Tigerlily)のデュオ(Cup & Saucer)です。スージーが1950年に至って念願のボーンチャイナ工場を買収し、それまでのアースウェア製品からボーンチャイナに移行してからの作。スージーのサインを使ったバックスタンプが付けられます。

 出品者は未使用品にしろ骨董にしろ、随分前から「トリオ」に拘ってここでの出品を続けてきました。スージーやクラリス・クリフなどの有名作家の作であっても、カップ+ソーサー(Duo)だけではダメで、サイドプレートにB&Bか直径17.5cmのパイ或いは20.8cmのサラダプレートの何れかを加えてトリオにするようにしています。
 B&Bはこれにパンとバターを載っける直径15cmプレートでどうにも実用的ではないし、デュオと飾っても小さくてバランスが悪い。実用にもなりトリオとしてベスト・マッチなのが17.5cmです。
 骨董のトリオの多くは17cmのティープレートと共に骨董市場に出てきます。昔、陶磁器のウェアが美術品並みに高級・高額な時代からずっと、Cup&Saucerだけで茶器として買う人は少なかったようで、骨董で出てくる「デュオ」は、共にあったプレートを破損したか無くしたものだろうと出品者は考えています。
 17.5cmサイドプレートは欠品の場合が多いので、その場合はサラダプレートを選ぶ。
 サラダプレートはB&Bとディナープレートを買い足せば「1人分の基本ディナー・セット」が出来ます。ウェッジウッドはこれを5ピースセット(デュオを2ピースと数える)と表現しています。同時出品の「ビアンカ」5ピースセットはこれ。

 ウェッジウッドがお世話になったスージー・クーパーを検証した「横たわる鹿」はトリオですがプレートの大きさはサラダプレート。これは出来るだけスージーの鹿を大きく見せたいという考えから。
 サイドにサラダプレートを使ったものにこれまた同時出品のウェッジウッド「ハミングバード」があります。このB&Bプレートにも鳥の小さな絵があるが、明らかに先達のヴィクター・スキレーンが手描きしたハミングバードの特徴的な「枝に止まった姿の鳥」は、カップ向こう正面とサラダプレートに描かれます。
 飾る場合、バックにはサラダプレートを持ってくるしかない。ワタシはこの原画を苦労してリライトしたデザイナーのココロを忖度し、高価でもサラダプレートを選んだ訳です。出品者も絵柄によっては、積極的にサラダプレートを選ぶ場合があります。

 肝心な話が後になりました。何故ワタシは中途半端な「デュオ」を出品したのか。
 以前何度か解説に引用しましたが、スージー・クーパーは「ドレスデン・スプレイ」など売出し期のアースウェアの「貫入」を気にしていました。苦しんでいたと言ってもいい。
 「貫入」はアースウェアの磁器・陶器にかけた透明の釉(うわぐすり)が窯で乾燥し、冷える時にひび割れを起こす現象。スージーに限らずどの窯でも頻繁に起きた現象。出品者は「〇〇に貫入が見られるがこれは欠点にはならない」「理解できない方は落札されぬよう」と呼びかけても来ました。日本ではわざわざ湯呑茶碗に貫入をこさえて楽しむという作り方があります。しかしハンドペイントのアーチスト、スージー・クーパーはそれが我慢できなかったらしい。
 ボーンチャイナだとその心配がなくなるということで、自作のボーンチャイナ化を熱望していた。そしてようやく、1950年にボーンチィナ工場を手に入れた。そして。

 昔描いた「タイガー・リリー」を新しいボーンチャイナのカップ、プレートに描いた。カップ内外にリリーを配置。ソーサーにも大きく手描きした。このマークのまま、スージーの窯はウェッジウッドに買収されます。作家として、経営者として晩期でした。
 沢山の旧作を同様に描いたとは思えない。このカップ&ソーサーにはカップ内側の花の額はてな中央に金彩があり、ごく小さな金のつぶを全面に散らしています。そうした装飾より何より気を惹かれるのは、ガッチリゴールドでカップtpソーサーのエッジが塗られていること。
 普通のカップなら当たり前の仕様だが、スージー・クーパー作のカップにはこの前にも後にもゴールド・エッジは見たことgない。そしてカップ内側はカラシ色調の黄色で塗られ、その上にタイガーリリーの赤い花がたっぷりと描かれている。カラー・オン・カラーというやつです。最も技術が進んだスキレーン時代(同時代)のウェッジウッドでも、塗りの上にはゴールドで模様を描くのがやっとであった。塗りの上にこういう大きな複雑な花をハンドペイントする。出来ないわけじゃないが、大量に作るのは無理。
 作家本人しかこの手描きは出来ないから、いくらスージーが頑張ったとしても、500セットが限度ではないか。
 つまり、旧作の多くを新しくボーンチャイナ化したとは考えにくい。これ1作。スージーはボーンチャイナ化にあたって自分の最高傑作を「タイガーリリー」1作として手描きした。
 大げさな考えじゃないと思います。クネッと動くかのような、怪しくもある赤いタイガーリリーを抑え込む「額縁」のような働きをゴールド・エッジに持たせた。昔のアースウェアのタイガーリリーのプレートとコーヒーカップの資料写真をどこかに添付しますからご覧ください。全く力の入れようが異なる。
 「横たわる鹿」もこれがラスト・ワン。ありそうにないプレートを待つより。一緒にこのデュオをご覧いただこうと、デュオながらスージーものとしては値打あるもの。手にできず終わったプレート2種の資料写真も添付。サラダとディナープレートだと思いますが、どちらがどっちかは不明。

 このデュオのサイズは、カップの高さ5.5cm、口径9cm。ソーサーの直径は14cm。未使用品の取り寄せ。

★スージー・クーパー★Susie Cooper
 1929年、スージー・クーパーは義理の兄弟であるアルバート・“ジャック”・ビーソンと共にスージー・クーパー陶器工房を設立しました。当初はタンストールのジョージ・ストリート陶器工房の2部屋を拠点としていましたが、1930年3月、債権者によってジョージ・ストリート陶器工房が閉鎖されたため、バースレムのチェルシー・ワークスに移転しました。
 クーパーはスタッフォードシャーの陶工から白い素地を仕入れ、手作業で装飾を施し、製造者の刻印を黒く塗りつぶし、自身の刻印を加えました。

 1931年、クーパーは装飾とデザインのスタジオを、バースレムのニューカッスル・ストリートにあるウッド&サンズ社のクラウン陶器工房に移しました。ウッド&サンズ社との関係は、クーパーがクラウン陶器工房を買収した1959年まで続きました。

 その後数十年にわたり、クーパーはスタッフォードシャー地区の陶器工房でフリーランスとして仕事をしていました。ウェッジウッドも彼女の顧客の一人でした。

 1940年、クーパーは王立芸術協会から産業部門の王室デザイナーとして表彰されました。戦時中の物資不足により生産に支障が生じ、1942年5月にはクラウン・ワークスが火災で焼失し、クーパーの石版画も失われました。
 クラウン・ワークスの再建は1945年までずれ込みました。新たな石版画の入手が困難になったため、クーパーは手描きによる作品制作に戻りました。色彩やモチーフは以前よりも繊細なものとなりました。

 1950年以降、クーパーはボーンチャイナメーカーのジェイソン・チャイナ社を買収しました。最後の陶器のパターンは1954年7月に登録されました。1957年3月、クラウン・ワークスは再び火災で焼失し、再建には1年を要しました。1958年、スージー・クーパー・プロダクションズはR.H.&S.L.プラント社と合併し、ボーンチャイナの生産はすべてプラント社の工場に移管されました。

 1966年、ウェッジウッド社は合弁事業におけるプラント社の株式を取得し、スージー・クーパー・プロダクションズはウェッジウッド・グループの一員となりました。
 ウェッジウッド社内の組織構造に問題を抱え、1972年に夫を亡くしたクーパーは、取締役を辞任し、デザインに専念するようになりました。1979年には大英帝国勲章(OBE)を受章。
 ウェッジウッドは1980年にクラウン・ワークスを閉鎖しました。

 クーパーは、ウェッジウッド・グループ傘下のアダムス&サンズにデザインスタジオを移しました。1986年にはマン島に移住し、フリーランスのデザイナーとして活動を続けました。2005年7月28日、マン島で死去。

ほかにも出品しています。ぜひご覧ください。


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