1981年86歳で没したベームの追悼記念として長年お世話になった独グラモフオンが発売した7枚組
☆偉業と言えるベーカラヤンの反対を押し切って、ベルリンフィルとのモーツアルト交響曲全曲録音を完成したものから
中期そして後期の25ー41番迄の16曲をまとめて
①ベームは1958年に当時始まったステレオ録音でベルリンフィルとモーツアルトの交響曲40番41番を
独グラモフオンに録音します、先行きベームが兼ねてから希望していた全41曲の録音を展望した企画でした
②1960年に入ってベルリンフィルはカラヤンを常任指揮者として迎え入れます、同時にLP録音を独グラモフオン
専属としての契約がオケ・指揮者・レコード会社の三者によって成立、同時ににカラヤンの極めて強い支配体制が
確立します
③ベームとグラモフオンは1962年頃からモーツアルト交響曲の残りの全曲録音を再開しようとします、カラヤンは
予想されたように、これに強く反対します、全権を獲得したはずのカラヤンがモーツアルトの交響曲をベームに譲るわけにはいかないという心情でした、(俺だってザルツブルグ生まれだ、どうして俺で悪いのかといったそうです、余談ですが
カラヤンのお墓はザルツブルグ市内にあります)
④グラモフオンはこれはカラヤン以前からの約束とで既定の路線だとカラヤンに頭を下げます。でも事実カラヤンだったら
超多忙でモーツアルトの交響曲全 45曲(番号無しを含む)を録音することは全く無理だっと思います
⑤カラヤンは面白くなかったようですが承諾し1965年頃から全曲録音を再開し1969年にベームがカラヤン完全支配下のベルリンフィルを使ってモーツアルト交響曲番号無しを含めた全曲録音が完成します
⑥この60歳台の気力溢れたベームのモーツアルト交響曲全曲録音は予想どうりいわば楷書体のモーツアルト交響曲の
全曲録音として一期一会が生んだ唯一最高の名録音として世界に残されることになりました、カラヤンが振っても、晩年の
ベームが振ってもこのような音楽性をキープしたモーツアルト交響曲全曲録音は残らなかったと思います、我々にとっては大変うれしいことです
⑦ベームの追悼盤として独グラモフオンが全曲盤でもなく、そしてよくある3枚の35-41の後期交響曲盤でもなく、7枚の25番から41番までを選んだのも慧眼でした,25番から34番は結構聞かせる名曲が数多くありますがそれが一流指揮者と一流オーケストラで聴くことが出来のはとても嬉しいことです
オリジナルの箱・解説書・スリーヴ・LPともど45年前のものとしてもまずまずの状態で残っています
レコード自体も殆ど使用感がなく再生も順調です。