茶道具『瀬戸釉建水 清水日呂志作 定価70,000円 在銘「日呂志」共箱』茶事 茶会席膳 茶道教室 表千家 裏千家 千家十職 七事式 茶懐石

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サイズは、径13×胴径15×高さ7,5㎝です。やや大ぶりの建水です。ホツやニュウなどの傷みは見当たりません。美品です。一連のお茶道具はお茶の先生宅よりお譲りいただいたものです。
楽山窯は三重県と滋賀県の県境に連なる鈴鹿山脈の裾野にあります。初代清水楽山は萬古焼に初めて高麗茶碗の作風を加え高い評価を得ました。その技術を三代日呂志氏が継承し、高麗茶碗の生産地である韓国で研究、築窯し、高麗茶碗を現代の作品としてよみがえらせました。韓国で作ったものを「駕洛窯造」、日本で作ったものを「楽山窯造」としています。
初代清水楽山
明治二十七年に三重県四日市に生まれました。
十五歳のときより陶業の道に入り、二十二歳の時には自宅に築窯(大正窯)します。二十八歳で当時全盛を極めた大量生産の「大正万古」に見切りをつけて京都へ。陶工としてやり直しをするため五条坂で修行しました。
その後、丹波、備前、やその他諸国の窯場を歩いては製法を学ばれました。茶道遠州流の御用窯に指定され「宗楽」の称を受ける。丹波森本陶谷窯、高取静山窯で指導もされました。昭和四十四年没。
三代目清水日呂志(しみずひろし)
叔父にあたる二代の名を引き継がれました。祖父初代について修業を始めたのは昭和三十四年頃のことでした。その二年後からは高取、丹波、萩などへ修業に出て、昭和四十六年には韓国へ茶陶器の指導へ行かれました。このことがきっかけで、韓国に窯を造ることになります。指導に行きながら、韓国の窯の造り方を研究、韓国の窯の要素を取り入れ三重に楽山窯を築かれました。
そして昭和四十九年に釜山近郊の金海郡に金海「駕洛窯」を築かれました。その後、韓国河東郡沙器村に移って沙器駕洛窯を造り、全北茂朱郡に茂朱駕洛窯として移していかれます。
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